ようこそ

  • 長州藩の穢多が残した唄
    少岡ハ垣ノ内               山部は穢す皮張場           長吏の役ハ高佐郷           何そ非常の有時ハ           ひしぎ早縄腰道具            六尺二歩の棒構ひ           旅人強盗制道し             高佐郷中貫取              
2012年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

2012年1月29日 (日)

役人と乞食 ブー

社会の下僕としての公務員。その公務自体はなにも生産しない。
社会の生産活動に従事することなく、もっぱらその社会の保守=公に携わる者の手にする報酬はその社会の常識に支えられたものであろう。

吉田向学が分析し、解明した江戸の公たる穢多非人制度=役人村は役務を支える特権的家職を認められることによって副次的収入を得、その持続的運営を可能とした。
ただ、役務の対価そのものはその社会のシビアな常識に支えられ、過不足のないものとして契約経過してきたと考えられる。

例えば、紀州では、町人側から選抜された町役人惣代が役人村への支出を常にチェックする形であり、武士支配のみの勝手やりくりでごまかしえる環境はないものと思われる。
そこで、役人村のやりくりである。
村として潤沢な副収入-家職が保証されていれば、苦労は少なかろう。
しかし、一定の規模の役人村を維持するための手立てにとられたものに、役人村が運営する乞食業と言うものが存在したのではなかろうかと思う。
乞食業という言い方には語弊があるかもしれない。

紀州藩牢番頭家文書をみれば、例えば鑑札を持っての私的ではなく公認された乞食業が存在していたと思える。そして、その行為者は、非人村に保護された人々だけではなく、非人村、穢多村に所属する役人衆(小前衆)もその業の監督者としてのみならず、その従事者であったと思える。
また、穢多村には芸者がいる。大道芸に携わる人々であろう。彼の人々も乞食と認識されていたという事か。

日記に様々な形で表現される「役人と乞食」。
ある意味で「非人」<弱人>という言い方にも共通している。
救民の対象とされる人々と、平場でその傍らにいる役人村の人々が、同じ言葉で語られる。しかし、両者は全く立場を異にしている事はもちろんだが。

話は飛ぶが、「乞食」については日本近世のキリシタン弾圧の関連で、転向を迫られても改宗せず、国外追放された人々の事が「乞食」という表現で記されているという。
しかし、この「乞食」について、役人村の役人衆とする説を主張する文書をまだ目にしていない。
江戸の乞食表現に照らせば充分考えられる事だが。
確かに紀州藩牢番頭家文書にも「非人村の歴史」として書き残されている。

「・・・非人村之義者、元来牢番頭共之手下ニ而、浅野紀伊守様御時代より有来候処、右村之者共切支丹宗門ニ成、転不申候付、人数80人余御仕置被為仰付候付、既ニ非人村退転仕候処、・・・・」

紀州和歌山では、非人村に属する役人衆80余名がキリシタンとなり、その改宗を拒否して、追放され、非人村そのものが一度閉鎖されたという。

さて、役人と乞食。
一昨年紹介した非人七兵ヱ一家引抜きをめぐるやり取りの中でも配下の七兵ヱのことを牢番頭達は、非人であり、乞食であると表記している。
さてさて、役人である事と、乞食である事。
当事者やその社会の人々は、その事柄をどう了解していたのであろうか。
その役人村の小前衆の身の丈を今年も考えていきたい。
更に言えばそれは、テリトリーとアイデンティティーをめぐる人間という地球生物の身の丈の事ではあるが。

2012年1月11日 (水)

2012サンチョ初しゃべり 

汚れを一身に集めて
美しいものをつくる。
芸術家とは
そんなものです。

髪をかえせ―

註:昨年から伸ばし放題の髪とひげを正月に切りました。
  

2011年12月18日 (日)

城下町警察日記つれづれ ブー

役人村には小前衆がいた。
その小前衆と言われるものは「奴」と言う表現も含め、決して頭に登用される事のない人たちである。
又、その皮田村支配下にある非人村にあっては、その役人クラスも合わせて小前衆とされる。
これら役人村の小前衆、役人村支配では被支配の民と言えるであろうか。
では、その小前衆、はたして自らの身の丈をどう了解していたのであろう。

相変わらず、資料の勝手読みを断続しているこちら。それでも考え込む事が多い。
研究テーマを提示して一ヵ年遅々として仕事ははかどらず。

原発が暴発して、原子力ムラだの、安全神話だの、人間の営みにとって不可欠であった「村と神話」をおとしめて、交わされる言説に違和感を覚えてつぶやいてみたが、なまじ、穢多にシンパシーを抱いているのか昨今のテリトリー意識に応じての「御用」にまで入り込むとなかなか通らないものである。
ま、原子力ムラではなく原子力マフィア。安全神話ではなくうそ話という主張もある事を知り、それはそうだろう。
ことばは少しでも的確に使わなければと思う今日この頃。

改めて、人々の誤解をチクリ。
刊行された牢番頭家文書を読んでずっと思ってきたことの一つに、穢多をおとしめる為の言説として無自覚に主張されている「文字を誤記しているのは字を知らない」ことの証なるとのたわ言について。
文書を読めば一目瞭然。
字をよく知らないから誤記しているのではなく、遊び心で色々当て字を使って筆記しているにすぎないという事である。
なにせ、牢番頭家文書筆記者、頭の一人である代々の定七さんは、自らの署名を貞七とも、佐太七とも書き残しているのである。

2011年11月26日 (土)

「路地」は路地である フー

中上健次が被差別部落を「路地」と呼んだ時から嫌な予感がしていた。
やはり、現れた。
中上健次が作り上げた物語に触発され、日本の被差別部落全てを「路地」と呼ぶドキュメンタリー作家が。

上原喜広著「日本の路地を旅する」
は、ドキュメンタリーと言いながら、えらく感傷的な本である。
自身が大阪の被差別部落出身であることや生い立ちが、
中上健次の物語世界と重なるのだろう。
しかし、中上健次の路地は物語の中にしか存在しない。
路地は路地であって、被差別部落ではない。
物語は小説家の仕事である。
ドキュメンタリーを小説家のように語るのは間違っている。

アゴタ クリストフが「悪童日記」で表現した世界の方がよほどドキュメンタリーである。
彼女は「悪童日記」の中で「良」とする作文について、
「感情を定義する言葉は非常に漠然としている。その種の言葉の使用を避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり事実の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。」
と書いているが、これはドキュメンタリーの書き方である。
彼女はドキュメンタリーを書く方法によって、個人史を越え普遍にたどりついた稀な小説家である。
そんなよくできた小説とこのドキュメンタリーと称する「日本の路地を旅する」を比べるのもおかしいが、
たまたま、最近ほぼ同時にこの2冊を読んだもので、こんな感想を持ってしまった。

2011年11月14日 (月)

出自について ブー

橋本元大阪府知事の出自をめぐる一連の騒動について

出自出自と言いながら、
歴史に裏打ちされた出自には目も向けず、語られるは
現世利益出自のみがやりとりされる社会現象。

合理(主義)という無理が道理を滅ぼす
合理の成れの果ての無理が通り、道理がひっこむ。

2011年11月 7日 (月)

サンチョとその妻の会話

夏の朝
サンチョは連日仕事で、この夏は休めなかった。
サンチョ「今朝はヤバイ、朝から息が上がる。今日の仕事はゆっくりしないと。」
妻   「気をつけてね、サンチョ。」
サンチョ「その言葉だけ気をつけるよ。お内儀はやさしそうな声じゃった。」

  註・・・「お内儀はやさしそうな声じゃった」
           サンチョがお客様から聞いたこの言葉。
最近のサンチョは妻に対して、よくこのセリフでけん制する。

食欲の秋
妻   「すごいよ、この宣伝。ソックスをはくだけで痩せるだなんて、ほんまかしら。」
サンチョ「なにその反応。食指が動いたという反応じゃないか。」

物思う秋
妻   「死んでしまえば私達の全ての物はガラクタだね。」
サンチョ「何ものにも代えがたい、ガラクタで生きてきた。」
妻   「うまい!」

2011年10月27日 (木)

常人みいつけた フー

10月20日(水)朝日新聞西部版の朝刊でこんな記事を読んだ。

「万引き許さぬ 敏腕Gメン」という見出し
内容は北九州市八幡東署管内で民間人の万引き犯逮捕に活躍する警備員の紹介であった。
その記事の中で八幡東署の捜査関係者の談話に注目した。

「本当に正義感が強い。他店まで行って捕まえる人は、そういない。
管内の万引き犯の常人逮捕(民間人による現行犯逮捕)の約半数はNさんだろう」

常人=民間人。では、非常人=警察官ということではないか。
非常の民という自覚が今も脈々とある証拠。

何そ非常の有時ハ  ひしぎ早縄腰道具 六尺二歩の棒構ひ  旅人強盗制道し
の穢多魂ではないか。

この穢多魂を忘れた穢多の末裔は、自らを千年にわたり差別され続けた賤民と言い募る。

評伝・小西邦彦「ヤクザと被差別部落」という角岡伸彦のドキュメントも読んだけど、
彼の書く物にいつも抜けているのは「番人」の歴史と「上田卓三」の事である。
大阪と言えば、渡辺村という役人村の記録もあるし、
部落解放同盟のドンであった上田卓三もおっただろう。
在日朝鮮人のヤクザ・金田三俊親分のことは饒舌に語るが、
小西が所属したもう一つの団体のドンの話はとんとでてこない。

もう、大阪の部落には穢多の末裔はひとりもいないのかもしれない。
部落に住んでいるだけで、部落出身者と認定する運動だから、
番人であった穢多の歴史は邪魔なだけであろう。

「常人」にかこつけて、人の批判なんぞしてみました。
それにしても、高山文彦・辛淑玉など部落と差別について語る人たちが皆「番人」の歴史を無視するのは駄目なんじゃない。
と思うよ。

2011年9月28日 (水)

幼稚と一途 フー

このところ、何を考えても空しく。
言葉が出てこない日々である。

上ノ関町長選は原発推進派の勝利に終わった。
予想していた事とは言え、なんだか気が重い。
結局、目先の欲がいつも勝つ。

大いなる日常
しかし幻影となった日常
それでも、日常にしがみつく

大きな力にねじ伏せられようとする時、
いるものは、現実よりも理想という幼稚さと
理想を現実にしたいという一途な気持ち

理想がいつのまにか「絵に描いた餅」になってしまった
自分を顧みながら
くやしさに身をよじる。

2011年9月 5日 (月)

無知なる者にとっての神話と信仰 ブー

野や井にいて教えを乞わず生きてくれば
世の中の人の持つ神話や信仰とはおのずと距離ができる。
しかもそれに苦もない生き方となれば文字通り無知である。

ただ初めはひたすらの反発であった。
神話・信仰何一つ聞き入れようとしなかった。
しかし、時が流れるに及んで、神話と言うものはそれはそれで、
伝承で、物語で何らかのメッセージ性もあるだろうとぐらいになり、
神話を大切にする人もいればそれもありだろうと思えるようになった。
又、信仰についても、亡き母がよく言っていた「イワシの頭も信心」と言う言葉ではないが、
己が何を信じようと万人の自由であると言う事でしかなかった。

こうして宗教性ゼロで60年近く生きると
、人が何を信じ生きるかは他者を認めることとして反発は消えた。
そんな「神話」「信仰」とは無縁のさびしい者からすると、どうも日本の言論にはついていけない。
例えば「神話」が「原発安全神話」というフレーズで語られる。
この言葉は何を意味しているのか、私にはわからない。
「神話=嘘話」としてその言説が誤りであることを侮蔑の意をもって語っているつもりなのか。
「神の話は嘘」これでは「神の話」を大切な物としている人々をはなから落としめている。
「神の話」を持ち出して色分けをして何をしたいのだろう。
又、国家をもって推進した原発の「安全である」という主張は「神話」だったのか、「信仰」の強制だったのか、「神話」なら「神話」で「神の話」であり、「信仰」ならその信仰に帰依するか否かは個々の選択であり、その信仰の強制がなされたのなら、信仰の自由をめぐる抗いに関わる問題であろう。
それを入口の「神話」としてのみ語り「信仰」の問題として語らなければ問題の所在を何一つ明らかにすることはない。

それは、「御用学者」についても同様である。
「御用学者」それ自体が侮蔑の対象として言論に登場する。
「御用」をどう現代語訳するかである。
「公益」なのか「私益」なのかと言えば「公益」と思う。
「公益」ならばそれは時の権力益に左右されるものなのか、普遍性を有する民衆益なのかである。
特に支配権力が独善的で民衆益を顧みず私益によって立っている場合、幾多の困難があるが。

学問の徒である学者は、その学が公益性をもたらすことを前提に研究する者であろう。
その意味では学問の徒は全て御用学者である。
しかし学は学として自由性を持つ。したがって、時として公益に反するものとなる。
人々に害をもたらす学問研究も多いにありうる。
それは犯罪性をめぐる問題に入ってしまうが、「御用」が問題ではなく、その本意である「公益性」のレベル、内容であろう。
そんなつぶやきをのたくっている間に世の中では児玉龍彦さんなる御用学者中の御用学者が存在している事に遅ればせながら気がついた。
「公益」の為に研究の徒が発言する。これこそ御用学者である。

2011年7月 9日 (土)

逃げる ~本能としてのそれ~ ブー

逃げて身を守るのは生物の本能だ。それは個々の身体をと言うよりも類、種の保存に由来するものだろう。そう、逃げる事は大切な生物の選択肢である。
逃げる。身に処しきれない危険から。
逃げれる者、逃げるが勝ちと思う者の逃げ。
それは大事で、批判すべきものではない。
土地から離れられないと思い込んでいる者にとって考えにくい事だが、江戸までの百姓は村ぐるみで「逃散」という自己保存も試みた。
処しきれない危険からは「逃げる」が第一ではないのか。

今回の原子力テロの責任ははっきりしているのだから、国・東電は何故、安全な所に人々を保護させないままなのか。
国・東電は何故、まき散らした放射性物質を片付けないのか。
何故、県知事ら首長たちは「村」を守るために田中正造のように闘わないのか。

ここで、ドラゴン。
龍は大臣病にかかり、閑職と思った環境省大臣を手に入れ安堵していた。
しかし、天変地異。
一挙に責任ある立場に立たされ、身に処しきれない日々。
更に、こいつは使えると管に見込まれ大役に。
悩んだが、やむなく引き受ける。しかし、自己保全本能の意図(糸)には逆らえず、一発で大役を退く。

少し、その一発について触れよう。
要は「田中正造いでよ」と言いたかった。(と思う。)
*(この程度の戯言は、先輩諸兄からよく聞いており、自らも真似してちょっとやってみただけだが、本意は以下の通りである。)
被災地首長たちに、お前らは、被災者の利益第一で頑張る気はあるのか。この期に及んでも相変わらず被災者の生き血を吸って、くだらぬ権力保身にきゅうきゅうとしていないか。カッつと。

お前らは権力者なんだから権力者としての知恵を出せと言った。
龍の「粗にして野だが卑ではない」と言ってやめた真意はこれではないか。
けっして、民を罵倒したのではないが、ここは民の郷土意識に言葉がからめとられた。

なかなか先祖・穢多を理解しきれない末裔の顛末であった。

«サンチョとノラ