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2008年1月17日 (木)

レッテル フー

 長男が今月結婚するので、昨年、わたしは彼の妻となる人のためにウェディングドレスを縫った。

 その時、図書館でドレスの作り方が書かれた本を数冊借りたところ、その中の一冊に次のようなメモをみつけた。

  母は私達の所に居る。中に居る。

  母は私達の心のささいになてる。

  差別の前 (この前の字は上から消そうとした跡がある)

 私は動揺した。ああ、ここにも心ないレッテルに苦しむ人がいる。文章や字の様子から、書いた人はわたしと同年代か、もう少し上の女性であると推察した。なんらかの差別を受ける立場の人であろう。

 日本の被差別部落のレッテルは、江戸時代の穢多や非人に由来している。多くの被差別部落は江戸時代の穢多や非人が居た所であり、その末裔が住んでもいる。もちろん、明治以降流れこんできた百姓や町人の末裔もいる。ひょっとすると、今では穢多の末裔など一人もいない被差別部落もあるかも知れない。そして、明治以降に新たに作られた被差別部落もある。

 わたしの住んでいる市では、行政が住民に相談なく勝手に被差別部落の地区指定をした部落も存在する。そこの住民は穢多とはなんの関わりもなく、その場所は江戸時代の穢多の在所などでもない。

 明治以降作られた被差別部落であっても、部落差別は「穢多・非人」ということば無しでは成立しない。

 その名によって、えてかってなレッテルをはられるのが部落差別だ。とわたしは理解している。

 人からレッテルをはられたからといって、拗ねていないで、自分ではりなおせばいい。それが解放運動ではないかと思ってきた。

 だから、吉田さんから聞いた、山口県北に住む、組織とか解放運動などとはまったく縁のない老夫婦が、差別に抗う方法として「穢多の歴史」を大切にして子や孫に伝えようとするのは、たとえ、それがごく限られた個人の行為だとしても、彼らの解放運動だと、わたしは思った。

 穢多の何たるかを知らずして、穢多の名で差別を受けるのは理不尽ではないか。この理不尽に対抗するには歴史を取り戻す必要がある。権力が作った歴史ではなく、陳腐な賤民史でもなく、歴史的に担った役務の内容を知るべきだ。そして、その歴史がいかに捏造され、隠され、穢多自らが捨ててきたか、その過程をたどって初めて、自分の納得のいくレッテルのはりなおしができるのではないか。

 どんなマイノリティーも差別に抗うためのアイデンティティーをもっている。部落差別を受けるものがアイデンティティーをもち難いのは、部落の歴史も知らず、部落とはなにかも知らず、誰が部落民なのかも知らないからだ。まったく、どこの世界に差別される由縁もわからずのほほんと生きているマイノリティーがいると言うのだろう。

 歴史をないがしろにするから、腐った運動が跋扈するのだ。

 反発こそが私のバネである。えてかってなレッテルは、返上するしかない。

2008年1月12日 (土)

あけましておめでとうございます

 2008年を寿ぎ、遅ればせながらごあいさつを申し上げます。
 母が倒れて4ヶ月、見舞いに行けばじとっと5,6時間、94歳老女の生体観察をしております。
 おかげさまで、母は右脳の梗塞の後一命はとりとめ、鼻からチューブの人工栄養のまま、寝ては覚めてのベッド生活を送っています。いずれ一代記でも書いてみたらどうかと認知が定着しない母に語りかけたりしていますが。どないなことになりまするやら。

 このブログを始めて以来、私たちからすればもっと前からですが、部落民をめぐるアイデンティティーについていろいろ語り合ってきました。運動にとって部落民の出自など、どうでもいいという風潮がとみに強いように思われますが、出自によって差別される身ならば、その出自のなんたるかを知ることは大切なことだと思うわけです。
 私たちは部落民につながる先祖たちを、ただただ自慢しようと主張しているのではありません。自らが歴史についても的確な実像を認識し直すことなしに、現実や未来への視座も定まらないと思えるからです。その追求は周辺ではなく、己のこととしてあります。この国の権力と民を巡ることがらです。
 いつまでも千年万年虐げられつづけた、無辜の民というペテンを使いつづけて何としますか。日本の部落民の先祖-穢多は治安権力の現場で生きてきました。そして近代、歴史の流れの中で翻弄され、いわく因縁の素性を持たされた弱者-マイノリティーへ落としこめられました。
 ありていにその過去と現実を見ること無しに、その先はありません。
 近世の穢多は治安権力の現場にどんな立ち位置でいたのでしょうか、そして民はまたどんな環境下にいたのでしょうか。
 そして近代のペテンの中で、日本の文化伝統は塗り替えられ、国民国家は作られました。そして旧穢多は歴史を奪われ偽造されました。部落ということばも神代の時代からあると錯覚させられがちですが、明治政府が作り出した近代に生まれたことばです。地域の基礎単位をあらわすことばです。近代日本の支配を色濃くあらわすこのことばが、中央政府の支配を直接に受けた沖縄の隅々にあるのはそのことを物語っています。そして特殊部落ということばも生まれ、部落差別が成立します。この近代の闇を白日のもとにし、部落差別に終止符を打たなければなりません。それは日本の民の自らがやらなければならないこととしてあると思っています。

 今年もよろしくお願いします。

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