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2008年1月12日 (土)

あけましておめでとうございます

 2008年を寿ぎ、遅ればせながらごあいさつを申し上げます。
 母が倒れて4ヶ月、見舞いに行けばじとっと5,6時間、94歳老女の生体観察をしております。
 おかげさまで、母は右脳の梗塞の後一命はとりとめ、鼻からチューブの人工栄養のまま、寝ては覚めてのベッド生活を送っています。いずれ一代記でも書いてみたらどうかと認知が定着しない母に語りかけたりしていますが。どないなことになりまするやら。

 このブログを始めて以来、私たちからすればもっと前からですが、部落民をめぐるアイデンティティーについていろいろ語り合ってきました。運動にとって部落民の出自など、どうでもいいという風潮がとみに強いように思われますが、出自によって差別される身ならば、その出自のなんたるかを知ることは大切なことだと思うわけです。
 私たちは部落民につながる先祖たちを、ただただ自慢しようと主張しているのではありません。自らが歴史についても的確な実像を認識し直すことなしに、現実や未来への視座も定まらないと思えるからです。その追求は周辺ではなく、己のこととしてあります。この国の権力と民を巡ることがらです。
 いつまでも千年万年虐げられつづけた、無辜の民というペテンを使いつづけて何としますか。日本の部落民の先祖-穢多は治安権力の現場で生きてきました。そして近代、歴史の流れの中で翻弄され、いわく因縁の素性を持たされた弱者-マイノリティーへ落としこめられました。
 ありていにその過去と現実を見ること無しに、その先はありません。
 近世の穢多は治安権力の現場にどんな立ち位置でいたのでしょうか、そして民はまたどんな環境下にいたのでしょうか。
 そして近代のペテンの中で、日本の文化伝統は塗り替えられ、国民国家は作られました。そして旧穢多は歴史を奪われ偽造されました。部落ということばも神代の時代からあると錯覚させられがちですが、明治政府が作り出した近代に生まれたことばです。地域の基礎単位をあらわすことばです。近代日本の支配を色濃くあらわすこのことばが、中央政府の支配を直接に受けた沖縄の隅々にあるのはそのことを物語っています。そして特殊部落ということばも生まれ、部落差別が成立します。この近代の闇を白日のもとにし、部落差別に終止符を打たなければなりません。それは日本の民の自らがやらなければならないこととしてあると思っています。

 今年もよろしくお願いします。

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